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【角換わり】基本定跡から最新流行型まで。現代角換わりの歴史のすべて。

世界中の将棋ファンのみなさんこんにちは!編集部のさめはだです。

今回は相居飛車の主要戦法のひとつである『角換わり』について基本定跡をまとめました!しっかりと定跡を覚えていくのである!

角換わりの基本〜駒組み編〜

【角換わりの基本⑴】角換わりの戦型

現代角換わりのオープニングは、お互いに角を持ち合ったこの局面から始まる。先手が早めに☗2五歩と伸ばしている形が現代の主流で、以前は☗2六歩型で止めておく形が主流であった。☗7七角と上がった先手の角に対して、後手から交換しているのでお互いに手の損得はない。

角換わりの基本⑵先手☗2五歩型

角換わりの序盤の駒組みで先手が☗2五歩型の場合もある。先手としては将来☗2五桂と跳ねる余地があるので先程の図面よりも得なのですが、最近はこの☗2五歩保留型が減少している。

角換わりの基本⑶

角換わりの歴史

【角換わりの歴史(0)】天野宗歩の角換わり腰掛け銀(1830年代〜)

角換わり腰掛け銀は1830年代に誕生した戦法です。最初に指したのは幕末の棋聖天野宗歩である。図は1845年の☗八代大橋宗珉(29歳)ー☖天野宗歩(29歳)の一戦。当時は5筋の位を重要視する時代なので、教科書通りに指すなら先手陣の矢倉が正しい。そのような時代に☖5四銀と上がる発想自体が斬新で、宗歩の才能がいかに優れていたかが見て取れる。

【角換わりの歴史(1)】木村定跡の確立(1947年)

第2次世界大戦後、腰掛け銀は爆発的に流行する。1940年代の後半には、木村義雄十四世名人が研究開発した同型腰掛け銀の『木村定跡』が完成した。図から☗4五歩☖同歩☗3五歩☖4四銀☗7五歩☖同歩☗2四歩☖同歩☗同飛...と進めて先手必勝、までが定跡化されている。勿論後手にも多少の変化はあるが、それも含めて完成された定跡である。

【角換わりの歴史(2)】升田定跡の誕生(1948年)

木村定跡の攻略を考える後手は、☖2二玉の一手を省略して先に☖6五歩と仕掛けるのはどうかと考えた。要するに後手番で木村定跡の仕掛けを採用するという意味だ。すると今度は先手も☗8八玉を省略して先に仕掛ける。これが『升田定跡』誕生までの経緯である。升田定跡の仕掛けは☗4五歩〜☗7五歩〜☗3五歩。

【角換わりの歴史(3)】角換わり腰掛け銀の衰退期(1956年〜)

後手番が先手と同じ駒組みを維持し続けると、どうしても先に仕掛けられてしまう。升田定跡に対する対抗策として後手が編み出したのが☖7三桂と跳ねないこの布陣。受けに回るのであれば、桂馬ははねない方が受けやすいという思想である。結果的に先手は専守防衛の後手陣を打ち破る手段を見出せず、角換わり腰掛け銀の戦型自体が下火となった。

【角換わりの歴史(4)】角換わり腰掛け銀の最流行(1985年〜)

先手側が後手の専守防衛策を打ち破るまでに30年掛かった。図は1985年の棋王戦挑戦者決定戦。先手番を持っていたのは谷川浩司前名人。☗2五歩保留型の効果で次に☗2五桂と跳ねる余地があり、自陣角の利きが攻防に働き、後手からの☖3七角の反撃を封じている。この将棋をきっかけに、腰掛け銀最流行の風が吹き始める。

【角換わりの歴史(5)】同型腰掛け銀の復活(1990年)

1990年の王位戦予選で中田宏樹五段が同型腰掛け銀の後手番を受けて立ったことで止まっていた時計の針が動き出します。図から☗4五歩☖同歩☗3五歩に対して☖4四銀が従来の定跡であったが、中田は☖6五歩☗同歩☖7五歩という順を編み出した。一方的に受け続けるのではなく、攻め合いに活路を求めたのだ。

先手有利で固まっていた同型腰掛け銀にも新しい指し方があることが発掘されると、興味を持った当時の若手棋士(羽生善治、森内俊之、佐藤康光、郷田真隆、丸山忠久、村山聖、先崎学)により研究が進められ、流行に火がついた。

【角換わりの歴史(6)】丸山流☗1一角をめぐる戦い(1992年〜2002年)

1992年12月☗丸山忠久五段(22歳)ー☖米長邦雄九段(49歳)の将棋で同型腰掛け銀の歴史に残る新手が指された。☗1二歩☖同香と香車を釣り上げて☗1一角と打つのが丸山新手。敢えて利きの少ない場所に打つのが好手で破壊力は抜群。☖2二角には☗同角成☖同玉☗3四歩で上からの当たりが強くなる意味がある。

【角換わりの歴史(7)】堀口流☗2六飛型の登場(2003年〜)

2002年に羽生善治竜王が丸山流☗1一角を打ち破ったことで先手側は新たな対策が求められた。丸山流の次に流行したのが堀口弘治六段考案の堀口流☗2六飛だ。図では☖3五銀が気になるが、飛車を逃げた後に☗3三歩や☗4五銀が生じるので微妙。当たりが強いようでも意外と安定しているのだ。

【角換わりの歴史(8)】富岡流☗4四角成の登場(2008年)

同型腰掛け銀の戦いに終止符を打った富岡流の登場は2008年2月。図の☗4四角成が富岡栄作八段が初めて指した手で、現在は先手必勝が確立されている。先手は攻め駒が少なく寄せ切るのは容易ではない局面に映るが、☖3九馬☗2二歩☖同金☗3三銀が一例で先手優勢。

【角換わりの歴史(9)】専守防衛☖4二金右型(2010年〜)

同型の将棋に先手良しの結論が出ると、後手は次なる手段を模索する。同型に代わって後手番の主力戦法として注目されたのが図の☖4二金右型の専守防衛策である。攻めの桂馬を跳ねないことで受けに徹する。後手番は攻め味が薄く、勝ちにくいし実際に勝率も悪い。だが指されているという不思議な戦型。

【角換わりの歴史(10)】同型腰掛け銀中田流☖8六歩(2011年〜)

同型腰掛け銀は富岡流が猛威を振るったことで一時激減していたが、2014年頃から少しずつ実戦例が増加している。後手が次に編み出した作戦が図の☖8六歩と反発する手。新手メーカーの中田宏樹八段が2011年に指した手である。しかしどうも後手が無理をしている感があり、大きな流行には繋がらなかった。

【角換わりの歴史(11)】隙あらば穴熊(2013年)

専守防衛☖4二金右型は、先手から動かなければ☖4三金直〜☖4二金引の一人千日手の待機戦術が基本。そこで先手は☗9八香〜☗9九玉と穴熊を目指す指し方が現れた。現代のようにバランス重視の時代ではなく、この当時は『隙あらば穴熊』が流行中。後手も同じように穴熊を目指すと、☖1二香の瞬間に☗2五桂と仕掛けられて損をする。

【角換わりの歴史(12)】後手先攻〜塚田流☖6五同桂(2015年)

後手から☖6五歩☗同歩☖同桂とシンプルに仕掛ける。塚田泰明九段が指した後手先攻の定跡である。角換わり同型腰掛け銀の戦型で、後手が9筋の端歩を手抜いて先攻する指し方は現在でもある。端を絡めて攻めることができないので攻撃力は落ちるが、後手番で先攻できるメリットも大きい。

【角換わりの歴史(13)】角換わり新型☗2九飛+☗4八金型の登場(2016年)

角換わりの常識を大きく変えた☗2九飛型の初登場は2016年。最初に指したのは千田翔太五段である。元々は将棋ソフトが好んで指す布陣を、将棋ソフトに通じている千田五段が公式戦で指したのが発端。瞬く間に大流行を巻き起こし、あっという間に主流の座に。

【角換わりの歴史(14)】☗4五桂速攻の衝撃が走る(2016年)

角換わりの将棋では、単騎で桂馬を跳ねる衝撃の仕掛けが登場した。公式戦初登場は2016年の10月。A級順位戦の☗三浦弘行八段ー☖渡辺明竜王戦で現れた仕掛けで、1号局は渡辺竜王が対応しきれず先手の三浦八段が快勝している。現在でも年間数局程度の採用数があるが、大きな潮流にはなっていない。

【角換わりの歴史(15)】バランス重視の時代へ(2018年〜現在)

角換わり腰掛け銀では現在主流のメインテーマ。2016年に登場した☗4八金☗8一飛型は、2018年頃には完全に定着し主流の作戦に。藤井聡太竜王・名人、伊藤匠七段、永瀬拓矢九段、豊島将之九段、渡辺明九段などトップ棋士を中心に、日々実戦と研究が行われている。

【角換わりの歴史(16)】早繰り銀のプチ流行(2018年〜現在)

角換わりは腰掛け銀が全てではない。2018年頃からは早繰り銀の市場も活気が出始めている。先手が早繰り銀にすれば後手も早繰り銀にする『同型早繰り銀』なる戦型も生まれるなど、注目の最新形のひとつだ。

角換わりの定跡

角換わり同型腰掛け銀の定跡

角換わり同型腰掛け銀の基本図はこちら。先手はここから☗4五歩☖同歩☗2四歩☖同歩☗1五歩☖同歩☗7四歩☖同歩☗3五歩と、次々と歩を突き捨てるのが定跡。1990年代から2000年代に掛けて多くの研究と実戦を積み重ねた重要なテーマ。公式戦では300局を超える実戦例がある。

丸山流☗1一角

堀口流☗2六飛型

攻め合い志向の☗2八飛型

富岡流の定跡

攻め合い志向『中田流☖8六歩』

角換わり腰掛け銀

専守防衛☖4二金右型

6筋位取り

新旧対抗型〜先手☗5八金型対後手☖6二金+☖8一飛型

現在主流の一段飛車の作戦を新型、以前に主流であった☗5八金型の先手陣を旧型と区別して、新旧対抗型と呼ばれる。2016年2月22日のNHK杯決勝で、千田翔太五段が採用したことで注目を浴びることになった。

新旧対抗型☖6三金型

☗7九玉☖6五歩☗4五桂、☗7九玉☖6五歩☗6九飛が定跡。

角換わり早繰り銀

一手損角換わりの戦型では最有力の早繰り銀ですが、通常の角換わりの場合は『消えた戦法』と言う扱いで長い間表舞台で指されることはありませんでした。上の図を見て下さい。先手早繰り銀側が☗3五歩と仕掛けたところ。図で☖3五同歩なら☗同銀と進めて先手良しですが、ここでは☖4五歩と反発されると先手が困る。

☖4五歩には先手も☗3四歩と取り込むしかありませんが、☖4六歩☗3三歩成☖4七歩成☗3二と☖4六角と進んだ図面は後手が優勢になっています。先手が早繰り銀を目指す場合はこの図面を避けるような駒組みが必要。

先手☗早繰り銀ー☖後手腰掛け銀

先手早繰り銀対後手腰掛け銀の定跡型。☗3五歩がこの戦型では必修の手筋で、次に☗3五銀とぶつける足場の役割を果たす。

先手☗腰掛け銀ー後手☖早繰り銀

2018年の☗佐藤天彦名人ー☖羽生善治竜王戦(名人戦第2局)が記憶に新しい。

角換わり棒銀

角換わり☗先手棒銀に端歩を受ける形

角換わり☗先手棒銀は昭和の時代から平成の始め頃に掛けて指されていました。図から☖同歩☗同銀☖同香☗同香☖1六歩☗1八歩☖4四銀と進むのが定跡。実戦例に1995年の☗加藤一二三ー☖森内俊之戦(順位戦A級)、1996年の☗加藤一二三ー☖佐藤康光戦(順位戦A級)などがある。

角換わり☗先手棒銀に端歩を受けない形

☗先手棒銀に対して、後手は1筋の端歩を受けない形もある。この場合先手は単に☗1五銀と進出することが可能で、後手は図で☖5四角と設置する手が定跡となっている。

角換わり☖後手棒銀

後手番の棒銀の場合、先手の腰掛け銀模様の駒組みに対して☖8三銀と出るのが定跡。図から☗5八金☖9五銀☗5六角と進んだ時に、打った角の頭が弱いのが☗4七銀型の欠点。角と銀の配置がイマイチで、これが腰掛け銀には棒銀が相性が良いと言われている理由である。

平成初期のタイトル戦で指されており、実戦例に1990年の☗米長邦雄九段ー☖南芳一王将戦(王将戦第5局)(王将戦第7局)などがある。

角換わり右玉

右玉は基本的に後手番の戦法です。千日手を含みに駒組みを進めカウンターを狙う守備的な作戦。角換わり特有の難解な定跡を回避して、力戦型の将棋になりやすくアマチュアには割と人気がある模様。最近の将棋では2024年の叡王戦挑戦者決定戦☗永瀬拓矢九段ー☖伊藤匠七段戦で図の局面が現れている。

銀矢倉

先手が銀矢倉に組み替える作戦。角打ちの隙がない鉄壁の陣形で、仕掛け方は☗5五歩☖同歩☗3五歩☖同歩☗4五桂が一例。20年以上前のタイトル戦で現れている局面で、2002年の☗佐藤康光九段ー☖羽生善治棋王戦(棋王戦第1局)でこの局面になっている。

右玉対策の『地下鉄飛車』

右玉対策として地下鉄飛車に組み替える作戦は昔からある。一段飛車から桂香を動かして飛車を転回すれば攻撃陣は整う。準備に時間が掛かるが攻撃力は抜群。狙いは単純9筋の一点突破で、図から☗9五歩☖同歩☗同香☖同香☗同飛と進めば先手成功の図となる。

☖右玉対☗穴熊

後手の右玉は基本的に☖6二金〜☖7二金をひたすら繰り返すことで手番をパスする『一人千日手』の待機戦術。先手は後手からの仕掛けがないことを見越して、この後☗8八金〜☗6七銀〜☗7八銀と金銀を囲いに引き付けて、理想型から動くことが可能。堅さvsバランスの典型的な将棋になる。

雁木に組み替える構想の☗金冠

最近の右玉対策では7七に上がった銀を6八に引く指し方が多い。☗6八銀の瞬間に後手が飛車先の歩を交換してくる手には☗8七金〜☗8六歩と『金冠』に組み替えるのが狙い。6八に引いた銀は☗6七銀と真っ直ぐ上がり直す形を目指す。

☗4五桂の速攻

現代角換わりの最先端テーマ

現代角換わり腰掛け銀の基本図はこちら。公式戦初登場は2017年と比較的新しいテーマで、2024年4月時点までで400局を超える実戦例がある。現代角換わりの最先端では『待機戦術』『手数調整』『端歩問題』の駆け引きが絡んでくるため理解が難しい。

基本図から最も多く指されている手が☖5二玉です。先手の指し手に対応して☖4二玉〜☖5二玉と王様の往復運動の待機戦術。基本的な思想は千日手狙いですが、先手にも当然打開する仕掛けは多い。図で先手は①☗7九玉と②☗6九玉で、この2つが前例のほぼ全てを占める。

角換わり腰掛け銀

先後同型の☖4四歩型

☖8一飛+☖6二金型が指され始めた初期の頃からある定跡で、先手と同型を維持する指し方。図では☗4五歩☖同歩☗同銀と仕掛けるのが定跡で、現在は先手良しが結論付けられている。代表局は2020年の☗藤井聡太七段ー☖木村一基王位戦(王位戦第1局)。

☖3一玉型の定跡

☖3一玉は玉を深く囲いに行く自然な指し手。4筋に争点を与えない指し方だが、今度は☗3五歩☖同歩☗4五桂と仕掛けるのが定跡で先手有利となる。

後手先攻の☖6五歩〜先手☖6八玉型

先手の仕掛けを待つのではなく、後手から積極的に先攻するのが☖6五歩型の定跡。☗6五同歩☖同銀には☗5八玉と寄って先手良し。

後手先攻の☖6五歩〜先手☗8八玉型

後手が☖5二玉〜☖4二玉とパスを繰り返した結果、その間に先手は☗7九玉〜☗8八玉と入城することができた。先手は☗6九飛と回るのが定跡で、☖6六歩☗同銀☖6五歩☗同銀左☖同桂☗同銀☖同銀☗同飛と進むのが一例。☖代表局は2019年の☗豊島将之名人ー☖広瀬章人竜王戦(竜王戦第1局)

☖6五歩位取り

先手は☗6六歩☖同歩☗同銀と6筋の位に反発するのが定跡。代表局は2023年1月の☗藤井聡太竜王☖豊島将之九段戦(順位戦A級)。

☖7二金+☖6一飛型の仕掛け

☗8八玉型で☗4五桂の仕掛け

公式戦の前例は70局を超える。☖2二銀に☗3五歩と仕掛けるのが定跡で、☖4四歩☗3四歩☖4五歩☗同銀と進むのが一例。代表局に2022年の☗藤井聡太棋聖ー☖永瀬拓矢王座戦(棋聖戦第1局)(棋聖戦第3局)などがある。

馬を作り合う定跡

先手が4八の金を5八に寄ったことでこの角打ちが生じる。☗2六飛☖4九角成☗4七銀☖3九馬☗8三角と進むのが定跡で、先手も狭いところに馬を作ることができる。2019年〜2021年頃によく指されていた定跡で、代表局に2019年の☗豊島将之王位ー☖木村一基九段戦(王位戦第5局)がある。

☗7九玉型で☗4五桂の仕掛け

公式戦での前例は50局(2024年4月時点)。☖2二銀が多数派、☖4四銀は少数派。

銀矢倉に組み替える定跡

先手☗9五歩位取り型〜後手先攻の一直線定跡

先手が☗9五歩と9筋の位を取る指し方も一定の採用数がある。後手は9筋の位を取らせる代わりに☖4四歩と☖3一玉の二手を指せることが主張。自玉周辺の駒組みでは先手よりも多く手を指している計算になる。この形では後手から☖4五銀とぶつけるのが定跡で☗5五銀☖4三角☗6六歩☖7六銀☗同銀☖同角☗6八玉と進むのが定跡。

代表局に2022年の☗永瀬拓矢王座ー☖渡辺明棋王戦(棋王戦第3局)、2022年の☗豊島将之九段ー☖永瀬拓矢王座戦(王座戦第2局)がある。

☖4一飛型に☗4五桂の仕掛け

基本図から☖4一飛に☗4五桂と仕掛けるテーマ。☖2二銀☗7五歩☖同歩☗5三桂成☖同玉☗7四歩と進むのが定跡。代表局は2023年の☗藤井聡太竜王☖渡辺明棋王戦(棋王戦第3局)。

☖4一飛☖4四歩型に☗4五歩の仕掛け

☖4一飛型に☗4五歩と仕掛ける将棋は、最近のタイトル戦でも現れた最先端のテーマのひとつ。後手は☖6三銀型で待機しているのがポイントで、攻撃力は低いが守備力が高い陣形。図では☖5二玉と寄るのが定跡で、場合によっては☖6一玉〜☖7二玉と右玉に組み替えることもできる。代表局は2023年の☗渡辺明棋王ー☖藤井聡太竜王戦(棋王戦第2局)がある。

棋王戦第1局〜伊藤匠の持将棋定跡〜

2024年の☗藤井聡太棋王ー☖伊藤匠七段戦(棋王戦第1局)の将棋で話題となった『持将棋定跡』はこの形から生まれた。後手の飛車が不自然な位置にいるのは、4筋からの仕掛けにカウンターを狙った意味がある。☖3一玉☗2四歩☖同銀☗4四歩☖6三角と進むのが定跡。

後手☖6三金型右玉の定跡

通常の右玉に比べると少し違和感がある形だが、タイトル戦でも同一局面が三度出現している最先端の定跡。後手は例によって待機戦術の構え。先手の仕掛けに備えて☖4一飛〜☖3一飛〜☖5一飛と飛車の横移動でパスしたのが藤井叡王の指した順。2024年の☗藤井聡太叡王ー☖伊藤匠七段戦(叡王戦第1局)、同年の☗伊藤匠七段ー☖藤井聡太叡王戦(叡王戦第4局)が代表局。

後手の☖6五歩+☖7二金型の定跡

2023年の☗伊藤匠七段ー☖藤井聡太棋王戦(棋王戦第2局)で現れた局面。後手の☖6五歩と☖7二金の組み合わせが珍しく、類型を含めても実戦例は少ない。実戦は☖同銀☗4五銀☖同銀☗同桂☖6三銀☗9七角と進んで後手が勝った。初出は2022年12月の☗佐々木勇気八段ー☖稲葉陽八段戦(順位戦A級)で、その将棋は☖同歩☗3五歩☖同歩☗4五桂と進んでいる。

角換わり早繰り銀

同型早繰り銀〜☗3五歩の仕掛け

代表局は2024年の☗羽生善治九段☖藤井聡太王将戦(王将戦第6局)。☖3五同歩☗同銀☖8六歩☗同歩☖8五歩と進むのが定跡。

同型早繰り銀〜☗1五歩☖9五歩型

2021年7月の豊島将之ー藤井聡太戦(王位戦第2局)が代表局。

サザンハヤクリ☖3三金型早繰り銀

最近よく見かける角換わりの☖3三金型早繰り銀。違和感のある形で部分的には愚形なのだが、近年はタイトル戦の舞台でも度々登場している。代表局は2024年の☗伊藤匠七段ー☖藤井聡太叡王戦(叡王戦第2局)。現役最強のAI世代の棋士が採用する位なので、有力な作戦のひとつという認識で間違いはない。

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