将棋ファンのみなさんこんにちは!編集部のさめはだです。
最近多いですよねー、『雁木』やってくる人。少し前までは、全く見なかったマイナー戦法だったのに...。
なんでだと思います?
これね、『矢倉は終わった』発言が話題になった増田康宏八段が流行らせたんですよね。
そんなわけで今回のテーマは『雁木』!相居飛車の主要戦法のひとつである雁木戦法について、色々とまとめてみました!
【Chapter.01】雁木の基礎知識
『雁木(がんぎ)』とは?
それではまず、雁木の基本をおさらいしていきましょう。『雁木』とは、相居飛車の戦いで用いられる囲いの一種で、図のような金銀四枚の駒組みを『雁木囲い』と呼びます。囲いとは言うものの、矢倉のように玉を深くまで囲うことは少なく、一般的には6九の地点が定位置の場合が多い。ちなみにこの雁木、英語訳では『Snowroof』と言う。
【雁木の基本(1)】『旧型雁木』と『新型雁木』の違い
二枚銀が横に並ぶ『旧型雁木』
まず今回のテーマとなります『雁木』ですが、『旧型』と『新型』の二種類が存在することを知っておきましょう。上の図が『旧型雁木』の基本形で、江戸時代によく指されていました。『☗5七銀と☗6七銀』の二枚の銀が横に並ぶ形が特徴的で、中央上部に手厚く、上部からの攻めに対しての耐久力と柔軟性に優れています。
2016年頃に登場した『新型雁木』
続きまして、こちらが2016年頃に登場した『新型』の雁木です。旧型雁木と見比べると、銀の配置が少し違うことがわかります。金銀がジグザグに並ぶ☗6七銀・☗4七銀型の布陣が新型雁木の特徴で、金銀の連携が良く、陣形全体のバランスに優れています。
【雁木の基礎知識(2)】雁木戦法の3つのオープニング
後手番で雁木を目指す場合、先手の駒組みに注意しながら手を進めることが肝心です。中でも、先手が急戦を仕掛けて来そうな場合は、より一層注意することを心掛けましょう。
矢倉模様からの雁木
まずは『矢倉模様からの雁木』を見てみましょう。上の図は、矢倉模様の序盤戦。先手が矢倉を目指すと現れやすい局面で、後手はここから雁木囲いを目指します。図ではすでに先手の角道が止まっているため、後手は雁木に組むための障害はほとんどありません。先手からの急戦の心配も少ないので、☖3二金〜☖4二銀〜☖4四歩と駒組みを進めて、雁木の完成を目指します。
先程の図から数手進んだ局面です。先手は矢倉の完成を目指して駒組みを進めている最中で、ここから☗5八金〜☗6九玉〜☗6七歩と陣形整備を進めます。対する後手は当初の狙い通り『雁木囲い』の構築に成功しました。このように『矢倉模様』の序盤から後手が雁木を目指すと、『先手矢倉対後手雁木』の持久戦になる可能性が高いのです。
角換わり模様からの雁木
次に、『角換わり模様からの雁木』を見てみましょう。上の図は、角換わり模様の序盤戦で、後手が角道を止めた局面です。この手に代えて☖7七角成と角交換をするのは、『角換わり』の戦型に進みます。それでも一局の将棋ですが、今回は雁木を目指すので☖4四歩と角交換を避けて、ここから☖4二銀〜☖4三銀と進めて雁木の完成を目指します。
先程の図から数手進んだ局面です。後手は狙い通りに雁木囲いの骨格を構築できました。ここから先手は☗4八飛〜☗3六歩〜☗3七桂と進めて、右四間飛車の攻撃形を作るのが多い進行となる。対する後手は、☖5三銀〜☖5二金と、敢えて『旧型雁木』の形を作るのが守りを重視した指し方。主導権が先手にある戦いなので、後手は徹底して守備にまわり、反撃のチャンスを伺うのです。
振り飛車模様からの雁木
『振り飛車模様からの雁木』は、最近よく見かけるようになったオープニングです。『居飛車か振り飛車か』をギリギリまで明らかにせず、最後、☖3二金(図)と上がったところで、いよいよ居飛車の可能性が高まりました。ここで先手は☗4六歩と、☗3六歩の二択ですが、今回は流行の☗3六歩を参考に進めて行きます。
先程の図から数手進んで図の局面。後手はひとまず、雁木囲いの形が完成しました。対する先手は、『船囲い』のような薄い陣形から☗3七銀と繰り出すのが良くある指し方で、ここから後手の角頭を狙って素早く動いていきます。
【Chapter .02】初心者でもわかる雁木戦法の歴史
雁木の歴史はとても古く、現存する古い棋譜を調べてみると、1630年代〜40年代の将棋にはすでに『雁木』が多く見られる。実際にはもっと昔の時代から指されていると考えられるが、いつの時代に、誰が指し始めたのかは謎に包まれている。
御城将棋の『雁木戦法』(1726年)
図は1726年11月17日に江戸城で指された御城将棋の図面で、四代大橋宗民(18歳)と三代伊藤宗看(21歳)の将棋です。お互いに雁木に組み合った局面は、現代の目から見ると古さを感じるが、この時代の相居飛車の『定跡』のひとつだったのだろう。この時代に矢倉はないのか?と疑問に思われる方もいると思いますが、もちろんこの時代にも矢倉はあり『雁木対矢倉』の将棋も多く見られる。
『雁木』に代わって増えた『左美濃』(1811年)
図は1811年11月17日に江戸城で指された、十代大橋宗桂(37歳)と六代伊藤宗看(44歳)の将棋。1700年代の終わり頃になると、相居飛車の将棋では雁木の採用が減少し、代わりに左美濃が多く見られるようになります。時代が進んで、将棋観に変化が出始めたのだろう。銀を守り駒として使う『美濃囲い』と言う戦い方自体が歴史的には比較的新しいのである。
『雁木』の終わり(1868年〜)
江戸時代が終わり、時代が明治に移り変わる頃、将棋界では『相掛かり戦法』が流行します。角道を止めてじっくり組み合う矢倉雁木系の将棋は、流行から外れてしまったのだろうか。雁木は明治時代以降、将棋界から姿を消してしまいます。
木村義雄名人『木村不敗の陣立』(1930年代)
将棋界から一度消えた『雁木』でしたが、1930年代になると再び表舞台に登場する機会が訪れます。相掛かり戦法を得意とする木村義雄名人が、『雁木囲い』を用いて高い勝率を上げたことで脚光を浴びたのである。相掛かり戦法から、『変化として』雁木に組み替えるこの駒組みを、他の棋士は『木村不敗の陣立』と呼び、恐れていたと言う。
『羽生善治ー森下卓』名人戦での雁木(1995年)
羽生善治名人が七冠王を達成するかどうかと騒がれていた頃、名人戦の舞台で雁木が指された。雁木側は森下卓八段で、名人戦と言う大きな舞台で指される雁木はかなり珍しい。当時のアマチュア将棋界ではなぜか雁木が流行していたらしく、その影響を受けたのかとも考えられる。
新型雁木大流行の始まり(2017年)
時代は一気に近代まで進んで、現在よく見る『新型雁木』の登場です。江戸時代に指されていた雁木を『旧型』と区別して、こちらは『新型』と呼ばれます。公式戦のデータを調べてみると、2016年度に雁木の戦型になった将棋は37局で、2017年度には248局も記録されている。コンピュータ将棋ソフト発祥の『新型雁木』の歴史は、ここから始まる。
時代は角換わり拒否雁木(2017年)
新型雁木が有力とわかると、活躍の場は角換わりの戦型が主な舞台となります。後手番の角換わりは、主導権を握られる展開になりやすく、守勢を強いられることが多い。勝率も先手側が6割を超える定跡も珍しくはなく、後手は苦労が絶えない。そこで白羽の矢が立ったのが、角道を止めて雁木に持ち込む定跡(図)である。これが一時期流行した『角換わり拒否雁木』です。
☗6八銀型の増加(2018年)
角換わり拒否雁木が増え始めると、先手は序盤の駒組みを改良する動きが強まります。これまでは、☗8八銀と上がっていた手に代えて、☗6八銀(図)と上がるようになったのです。☖7七角成なら☗同銀で同じことになるのですが、☖4四歩のときに中央に手厚いと言う意味がある。
同型雁木腰掛け銀(2018年)
後手の雁木に対しては、先手も雁木にする指し方もある。全体的にはかなり少数派だが、こうなると『相矢倉』のようなガッチリ組み合う将棋に進む。駒組みが飽和状態になるまで進めると、最終的に図のような『同型雁木』になることもある。
藤井聡太王将ー羽生善治九段の王将戦七番勝負(2023年1月)
雁木の歴史の最後に、現在指されている雁木の最新形を紹介して終わりにします。図は2023年1月28日の王将戦第3局の図面。注目の『藤井vs羽生』のカードが、タイトル戦の舞台で実現したシリーズです。先手の雁木対策が、最新の☗8八銀型早繰り銀です。
雁木の主要定跡
続きまして、雁木の主要定跡を8つ紹介していきます。雁木戦法は基本的に後手番で採用されるケースが多いので、後手雁木に対して先手がどのような作戦を選択するかがテーマとなります。
【定跡No.01】『後手雁木』対『先手矢倉』
『先手の矢倉』対『後手の雁木』の定跡。後手の新型雁木に対して、先手が矢倉で対抗すると、図のような局面に進むことが多い。矢倉側は、加藤流☗3七銀戦法の戦型でよく見る攻撃形。右銀が攻めの要で、この銀で2筋〜3筋を突破できれば成功となる。
【定跡No.02】『後手雁木』対『先手腰掛け銀』
『先手の腰掛け銀』対『後手の雁木』の定跡。後手の雁木に対して、先手は腰掛け銀で戦う指し方も人気がある。矢倉と比べると、こちらは攻撃に重点を置く作戦で、この後☗3七桂〜☗4八飛と進めて右四間飛車の攻撃陣を作るのが理想的な形になる。
【定跡No.03】『後手雁木』対『先手早繰り銀』
『先手の早繰り銀』対『後手の雁木』の定跡。先手陣は急戦矢倉の戦型でよく見る『カニ囲い』の形。ここから、雁木の弱点である角頭を直接攻撃するのが早繰り銀の狙いになる。
【定跡No.04】相雁木同型腰掛け銀
人気低迷中の矢倉に代わり、採用数が増えてきた雁木の戦型では、先手も後手も雁木に組み合う『相雁木』と言う新しいジャンルも生まれました。相雁木の戦型では、先後どちらかが『旧型雁木』に組む『新旧対抗形』も見るが、図のような『同型腰掛け銀』も見かける。
【定跡No.05】同型中住まい雁木
これを『雁木』と呼ぶのかはよくわからないが、雁木模様のオープニングから行き着く定跡で、最近しばしば見かける同型将棋のテーマ図である。先手としては、他にもっと積極的な作戦が多いので、わざわざこの局面を目指す理由もないだろうと思う。
【定跡No.06】『後手雁木』対『左美濃』
雁木に対しては、左美濃で戦う作戦も人気がある指し方です。少ない手数で堅く囲える美濃囲いと腰掛け銀の組み合わせは、少し前に流行った『対矢倉左美濃急戦』を彷彿とさせる。注意点は自玉の薄さ。後手の反撃を浴びると、7筋〜8筋が見た目以上に薄いことに気付く。先手の駒組みのポイントは、敢えて☗7七角と上がらないところにある。
【定跡No.07】『後手雁木』対『美濃囲い型早繰り銀』
新型雁木に対する作戦の中で、早繰り銀の速攻は初期の頃から有力と考えられています。そして、この早繰り銀には主に『カニ囲い型』と『美濃囲い型』の2パターンがあり、こちらの美濃囲い型はスマートで形が良い。どちらの囲いも一長一短で、後手の反撃に対してどちらが耐久性に優れているかは難しい。
【定跡No.08】『後手雁木』対『☗8八銀型早繰り銀』
新型雁木に対する作戦の中で、現在最も有力と思われているのがこの『☗8八銀型の早繰り銀』です。自玉の囲いは、対振り飛車急戦の『舟囲い』を思わせる簡素なもので済ませて、早繰り銀での素早い仕掛けで先攻するスピード感のある作戦です。